2019-05-29 第198回国会 衆議院 農林水産委員会 第15号
他方、技術の向上などで単収なり糖度は上がってきておりまして、産糖量で見ますと、昨年、一昨年と六十万トンを超える水準で推移をしておるということでございます。 てん菜は、北海道畑作において輪作体系を構成する重要な作物でございまして、生産振興も重要な課題でございます。
他方、技術の向上などで単収なり糖度は上がってきておりまして、産糖量で見ますと、昨年、一昨年と六十万トンを超える水準で推移をしておるということでございます。 てん菜は、北海道畑作において輪作体系を構成する重要な作物でございまして、生産振興も重要な課題でございます。
他方、技術の向上などで単収や糖度は上がっておりまして、産糖量は、昨年、一昨年と六十万トンを超える水準で推移をしているところでございます。 やはり、てん菜というのは、北海道の畑作におきまして輪作体系を構成する重要な作物でありますので、生産振興というのは重要な課題だと私どもは認識をいたしております。
我が国の砂糖の消費量はおよそ二百六十万トンで、それに対して国内の産糖量は八十万トンと申し上げました。そのような中で、あのとき沖縄県民としては田んぼをつぶすべきでなかった、こういう考え方でいるわけであります。もし沖縄のサトウキビ作ができなくなるようなことになれば、ほとんどの島が人が住めなくなります。無人島になります。そういうことになると、これは国の安全保障上大変な問題が起こると思っております。
そして、北海道の主力の作物の一つでありますてん菜でありますけれども、これについても、面積としては六万八千ヘクタール何とか維持をすることが国の理解をいただきながらもされているわけでありますけれども、しかし、産糖量が、昨年十七年度の六十七万六千四百トンから今年度は六十四万七千トン、来年は六十四万トンということで、産糖量がどんどんどんどん、交付金対象産糖量が減らされております。
諸外国との生産条件格差を是正するための対策とかてん菜の過去実績についての話になるわけなんですけれども、地元のてん菜農家においては、現在、産糖量の取引に移行しておりまして、糖分の高いてん菜の生産を行うということで、生産者の方が取り組んでおられます。過去実績の算定に当たっては、産糖量を基本とした算定を行うべきという考え方もあるのですが、それについてはいかがでしょうか。
そういう立場から顧みてサトウキビに天候の干ばつとかあるいは台風もあるわけですが、作付面積が六十年は二万三千百ヘクタール、平成元年が二万九百ヘクタール、また産糖量も六十年は十八万九千トン、六十二年が十六万四千トンと年々ダウンしておる、これも事実である。こういう伸び悩みにある現状ですね、その生産のダウンの原因とそして今後それをどう盛り返していくか、この見通しについてきちっとした見解を求めたい。
現在の輸入糖並びに国内異性化糖の消費量全体を考えてみますと、大体五カ年の平均をしますと年に三百二十八万七千トンですが、国内の産糖量は八十八万七千トン。そうしますと全砂糖の消費量の中に占める国内産は二七%。これは純砂糖だけを考えてみましても、輸入糖は百七十四万四千トン、北海道のてん菜糖が三五・五%、南西諸島の甘蔗糖が一五・六%、合計して五一%。
それに含みつ糖一万二千トンを加えまして、産糖量の計は八十八万トン、輸入実績は大体最近は百七、八十万トンでございますから、合わせましたものがここに書いてございまして、それに一人当たりの消費量、ピークが四十八年の一人当たり二十九キログラムでございますが、大体最近は二十二キログラム程度で推移をいたしております。
産糖量、一番右の欄でございますが、産糖量もかなりふえてまいりまして、昨年は冷害の年でありましたけれども、本年、五十九年は今のところ六十万トン程度見込まれておりまして、五十七年の水準に近づいております。 次に、三ページをごらんいただきたいと思います。 てん菜の最低生産者価格及びてん菜糖の事業団買い入れ価格でございます。
御案内のように、ことしの生産量は四百万トン、見込みでございますけれども、まだ産糖量がどのくらいになるかわかりませんが、六十万トン程度を見込まれるのではないかと思っております。五十七年が六十一万四千トンの生産実績であります。その際の経験といたしまして、砂糖の市況がかなり落ち込んだということがあります。
一方、歩どまりも逐次増加傾向にございまして、産糖量といたしましては、五十七年は六十一万トンという水準まで上昇してきたわけでございます。 それから六ページは、てん菜の最低生産者価格及びてん菜糖の事業団買い入れ価格でございますが、最低生産者価格は、五十七年、去年でございますが、二万百八十円、奨励金を加えましたものが二万一千二十円ということでございます。
幸いに農家の御協力を得られまして、ことしは面積につきまして若干の修正が行われたわけでありますが、反面、単収が非常にふえまして、恐らく史上最高の産糖量になるのではないかというふうに考えておるわけであります。
しかし、見通しの中は、全体の需要量ももちろんございますが、国産の産糖量をどの程度に見込むかという点につきましては、私ども農蚕園芸局の畑作の指導と相まちながら、六十万トン程度のてん菜糖ができるということは、六十五年度においてもきわめて望ましい姿だというふうに受けとめているわけであります。
○渡邉(文)政府委員 今年産の生産状況でございますが、秋に一応の作付面積あるいは単収あるいはその時点において判断し得る限りでの歩どまりを算定して諸般の価格の決定をいたしたわけでございますが、現在まで私ども聞いているところでは、まだ最終的な数字は出ませんが、沖縄の北部の方と南西諸島の南の方が塩の被害が相当ありまして、そこの地区だけはやや前年よりも悪いのではないかということでございますが、産糖量全体としましては
それと、これとの関係でちょっと触れておきたいのですが、今期の、これは五十七年度期というのか五十六年産か、奄美もそうだと思うのですが、沖縄の製糖見積もり、いわゆる産糖量が大幅に減じる可能性がある。歩どまりも非常に悪い。これは台風時に雨が降らずに、空っ風で塩害が多いのですね。
それに歩どまりを掛けました産糖量が、一番右の欄にございますように五十三万トンにまで達しておるわけでございます。
それから産糖量といたしましては、精糖歩どまりの向上等も若干見込みまして、五十二年の三十八万トンに対しまして約六割増の六十万トン強、約六十一万トンというものをてん菜及びてん菜糖については見込んでおるわけでございます。
これはたまたまその二年間、去年、おととしとかなり台風の被害等が集中してございまして、残念ながら、作付面積等は減ったわけではございませんが、反収ないし歩どまり等がダメージを受けまして、結果的に産糖量が減ったということになっているわけでございます。
回復基調にありますが、最近はいわゆる甘味離れ現象のほか、でん粉を原料とする異性化糖の増加等、甘味料の多様化もあり、砂糖の消費は減少傾向にあります、 次に、国内産糖について見ますと、北海道で生産されますてん菜糖につきましては、昭和四十八年をピークとして一時減少傾向をたどっておりましたが、昭和五十二年を境として作付面積が着実に増大し、五十五年産は六万四千八百ヘクタールに達し、単収も大幅に増大いたしまして、産糖量
先ほどもお話にありましたが、少なくとも国内の産糖量は七十万トンを超える。これは間違いありませんね、もう現在でも七十一万一千トンという産糖量になるわけでありますから。そういたしますと、全体の需要量というのは、先ほどお話がありましたように国内の一人当たりの消費量というのは残念ながら計算上は減っているようであります。
○島田委員 さらに、生産の関係で言えばサトウキビとビートがあるわけでありますが、このビートの生産の状況というのが、いまちょっとお触れになっていたようでありますが、五十五年で相当面積も大きくなってまいりまして、したがって産糖量もそれにつれて相当ふえておるわけであります。五十六年の作付の実態というのはもうそろそろ明らかになっていると思うのですが、どれくらいの面積を把握されておられますか。
それから歩どまりもややよかった関係で、産糖量も五十五年産につきましては五十三万トンであったわけです。 五十六年度の見込みでございますが、現在道におきます生産振興計画あるいは各製糖会社からの作付の見込み等を私どもとっておりますが、いずれからいたしましても、作付面積としましては七万ヘクタール前後ではないかというふうに見ております。
次に、国内産糖について見ますと、北海道で生産されますてん菜糖については、昭和四十八年をピークとして一時減少傾向をたどっておりましたが、昭和五十二年を境として作付面積が着実に増大し、五十五年産は六万四千八百ヘクタールに達し、単収も大幅に増大いたしまして、産糖量も約五十三万トンに達することが予想され、史上最高を記録しようとしております。
以上合計をいたしまして、国内産の産糖量は五十二砂糖年度におきまして六十万一千トンと見込まれておりまして、自給率はおおむね二〇%強ということになっております。 供給のもう一つは輸入でございまして、輸入実績は精糖に換算いたしまして、ここに記載してあるとおりでございますが、四十九年に二百六十四万四千トンとピークになっておりまして、その後輸入量は減少して横ばいになっております。
含みつ糖、いわゆる黒砂糖でございますが、これにつきましても、ここにありますような数字で、産糖量の合計といたしまして、右から三つ目の欄にございますように、昭和四十五年、六十四万二千トンの数量に達しましたが、その後停滞ぎみで、四十九年、五十年には五十万トンを割るということでございましたが、五十二年には、まだ確定数字ではございませんが、六十万トン台に回復をしてきたという状況でございます。